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上海のマーラー邸は間違いなく一見の価値がある。ローマ風、フランス古典主義、イギリス風、スペイン風、ビザンツ建築など各種建築様式が見られる上海で、マーラー邸は北欧ノルウェースタイル建築を代表する存在だ。
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| 中国重点保護建築物 |
延安中路と陕西南路の交差点に来れば必ず眼に入る。まるで童話に出てくるお城のような建物だ。
ここは当時の所有者マーラーが、自分の娘が夢で見た風景を再現したものだとか。少女は夢の中でアンデルセン童話に出てくるようなお城に住んでいたと話し、父親であるマーラーはその夢を現実のものにしたのだ。
設計には1926年から3年の歳月を費やした。1929年に着工し1936年完成、実に10年の時間をかけたことになる。
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| マーラー氏の愛馬の凱旋 |
マーラー(Eric Moller)は英国籍のユダヤ人、1913年に父親が経営していた海運会社を引き継ぎ、事業を拡大し、上海で屈指の富豪となった。またマーラー機械造船会社を立ち上げ、最盛期には二千人あまりの従業員がいた。これが現在の滬東造船廠の前身である。マーラーは競馬好きで、レースでは連戦連勝し、相当ラッキーな人物だったようだ。
マーラー邸略歴
| 1929年 |
着工 |
| 1936年 |
完成 |
| 1941年 |
太平洋戦争勃発、日本軍に接収され、旧日本軍人クラブになる |
| 1945年 |
国民党の特務機関駐屯地になる |
| 1949年 |
上海市政府機関が接収 |
| 1989年 |
上海市で最初の保護建築物に指定される |
| 2001年1月 |
衡山グループマネージメントになる |
| 2002年5月 |
衡山馬勒別墅飯店(Heng Shan Moller Villa)として正式にオープン |
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マーラー邸にある4つのとんがり屋根は高さがそれぞれ違い、建物全体を躍動的に見せている。ゴシック様式の美しさが良く出ている一方で、寒さを防ぎ、雪が積もりにくいという構造だ。これは厳寒の地である北欧建築の特徴である。
本館は3階建てで、外壁には泰山のレンガがはめ込まれている。また黄緑の中国ガラスを原料にした瑠璃瓦は美しい民族衣装のようにも見える。見る角度によって全く違った表情を見せてくれる。
屋内は豪華客船のようだ。螺旋階段が途中で前後二股に分かれていたり、廊下にある丸窓も船のそれを思わせる。Xに交差した階段にいると一体今自分が何階にいて、どの方角にいるのかわからなくなってしまい、まるで迷路に迷い込んだようだ。
内装もかなり凝っている。ドアや窓枠、渡り廊下にあるアーチ型の門、ところどころに施された美しい彫刻。大ホールのフローリングのはめ込み模様はそれぞれ部屋ごとに違うということで、マーラー邸のこんなところが70年以上たっても人を惹きつけてやまないのだろう。
英国籍ユダヤ人のマーラーは、建物の外見はノルウェー風にしながらも、庭や内装の細部にはところどころ中国テイストも取り入れている。ロビーには中国式の獅子像があり、庭には石灯籠などがある。
本館の南側は面積が200平方メートルあまりの大きな庭になっている。うっそうと茂った大木に広い芝生と、冬でも緑が絶えることない。
庭には小川もあり、水の中を泳ぎ回る金魚がかわいらしい。また、ブロンズ製の馬の像は、マーラー氏が愛馬のために建てたものだ。この馬はかつて功労賞を受賞しており、像の足元には受賞当時使っていた鞍などが埋められてあり、「馬の衣冠墓」(中国語で「衣冠墓」死者の衣冠を埋めた塚のこと)とも言われている。
当時マーラーはイギリスから2頭の馬を連れてきており、レースで輝かしい功績を残したそうだ。馬を船に乗せてヨーロッパからはるか東方の大陸に運ぼうとは、相当に馬好きであったのだろう。それにマーラー氏の中国語名(注・马勒)は「馬」の字を使っており、よくよく馬に縁がある人と言える。
そのほか、庭には石造の犬、鼓、灯篭のモニュメントがある。特に石灯籠は日本の春日大社などの石灯籠を思い出させる。
続いてクラシックな雰囲気に満ちた室内が一体どのような構造で、どんな配置になっているか実感できる。階段の入り口には大変珍しい2本の大理石の柱がある。これは上海では唯一、大理石を使用した空洞のない柱だ。何代にわたって受け継がれてもその強さと美しさは変わらないだろう。
褐色の木製手すりを伝って2階にあがると、古典的なレストランがある。ここは80人まで入れ、個室もある。軽食用のカフェは1階にある。
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| この半円形の形の部屋はかつてのマーラー氏の寝室だったところ。この広い屋敷特有の、のびのびした感覚を味わえる。現在ここはマーラー邸でももっとも高級なレストランとして使用されている。 |
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ここはマーラー氏がこの邸を作るきっかけとなった夢を見た娘の寝室。マーラー氏には娘は一人だけ。部屋にはベッド、ドレッサー、クローゼットなどすべてそろっている。女性ならここで彼女がどんな生活をしていたか、興味がわくことだろう。
壁のところには専用の金庫がある。他の家具同様、作り付けになっている(マーラー邸には「動かせないものはすべて最初からあったもの」という言葉がある)。取っ手部分は可動式だが、パスワードは誰も知らないとのこと。この金庫は開けられたことがないそうだ。 |
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(1)1949年中華人民共和国成立以降、マーラー邸は上海市の政府系機関に利用され、この部屋は事務室として使用されていた。
現在はスーペリアビジネスルームとなっている。クラシックな家具はそのまま、そのほかミニバーやセーフティボックス、カラーテレビ、ブロードバンド接続可能なパソコンなどが設置されている。
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(2)このビジネスルームには有名な歌手張信哲も泊まったことがあるそう。彼は大変この部屋を気に入り、2002年に初めて宿泊して以来、上海に来るたびにここを指定するとか。
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(3)
ここは「とんがり屋根のダブルルーム」と言われている。その通り、とんがり屋根のところにある部屋だ。二つそびえるとんがり屋根の塔のうち、わずかに低いほうがここだ。
円錐形の屋根、ふきつけの白壁が部屋のベージュとよく調和しており、とても温かな気持ちになる。窓から外を見渡せば通行人と眼が合うかもしれない。
ゴシック様式のとんがり屋根の下で一晩を過ごせるなんて、人生の中でもめったに経験できるものではないだろう。ホテル側の説明では、この部屋を希望するのは日本人が最も多く、フランスなどのヨーロッパからの観光客は違うタイプの部屋を好むとか。
もう一つのとんがり屋根の下はホテルのマネージャーの事務室なので、とんがり屋根の部屋はここだけ。 |
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とんがり屋根に続く梯子 |
マーラー邸には28のタイプの部屋がある。すべての部屋にはパソコン一体型の液晶テレビが備え付けられている。マネージメントでは日本人客にくつろいでもらうため、ユニット式だったバスルームに浴槽を設置し、トイレも日本の習慣に合わせてウォシュレットタイプにした。また日本人のリクエストに答えて、8つのダブルルームも増設した。
関連リンク:
衡山馬勒別墅飯店(2002年インタビュー)
(2009年2月記 山之内 淳 )
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