エクスプロア北京TOP 北京TOP > 連載記事 > 北京の胡同で街歩き


最新記事

第6回 瑠璃廠から道に迷ってみる
書画と骨董の街の瑠璃廠は清時代の街並みを再現しており、いつ来ても楽しい街です。何か探して歩くより、時間のある時にフラッと来てみた方が発見に出会えます。地下鉄2号線の和平門駅から南へ歩くと5分ぐらいで到着です・・・>>続きを読む


バックナンバー

第1回 南鑼鼓巷周辺 -カフェとお屋敷 (2007.6掲載)
第2回 牛街から菜市口へ-祈りの街 (2007.8掲載)
第3回 お腹も楽しみの胡同 - 護国寺界隈 (2007.9掲載)
第4回 阜成門内 (2007.12掲載)
第5回 王府井で文化の香り (2008.1掲載)
第6回 瑠璃廠から道に迷ってみる (2008.4掲載)



~筆者紹介~

林 秀代
大阪出身、アメリカ黒人文学を専攻していた在学中と卒業後アメリカで遊学。研究機関勤務後、外資系企業勤務。2005年より夫の帯同で北京へ。好奇心旺盛で昔から一人で街歩きが好き。今も北京で胡同を歩いては迷子になったり、カフェやギャラリーに通う日々。北京オリンピックのボランティアには応募済み。インターナショナル・スクールに通う1年生の男の子の母。エクスプロア北京で連載、「子どもをバイリンガル、トライリンガルにする!」、「オリンピックを迎える北京」、ブログ、「北京の青空-今日お空見える?」を執筆中。

エクスプロア連載「子どもをバイリンガル、トライリンガルにする!」
「オリンピックを迎える北京」
Myブログ 「北京の青空-今日お空見える?」




この記事にみなさまからのご意見・ご感想をお寄せ下さい。筆者からお返事もいたします。

《全 8 件》1 件~ 8 件
ありがとう〔記事番号:hu06
投稿者:、zensouhara69さん 投稿日:2008年04月03日 投稿番号:56
なんとも、大人のお話。感心してうかがいました。

胡同之最
投稿者:AOさん 投稿日:2008年01月16日 投稿番号:45
一番長い胡同云々の話題がありましたので、またまた余計なお世話ながら、以下にご紹介しておきます。・最長の胡同=東交民巷(約3km、崇文門から天安門広場の東まで。)・最短の胡同=一尺大街(25.23m、瑠璃廠東街の東端で、魯迅がよく通ったと思われる。)・最も狭い胡同=小喇叭口胡同(一番狭いところで60cm足らずという。この地名は地図で見当たらないが、天橋に小喇叭胡同というのがあるらしいので、今度行ってみます。また、珠宝市路西にある銭市胡同が約60cmでこちらが一番狭いとの説もあります。)・最も曲がりくねった胡同=九湾胡同(13箇所の曲がり角があるという。これも天橋にあり、全長390m。)

中国生活のベテランですね〔記事番号:hu05
投稿者:Hideyoさん 投稿日:2008年01月12日 投稿番号:44
井上様コメントありがとうございます。中国生活が長いのですね。金魚胡同が本当の「胡同」だった頃をぜひ見てみたかったです。貴重な思い出ですね。北京の胡同はどんどんなくなってきていますが、修理して保存することも行われています。また北京に来られた時は胡同歩きを楽しんでみてください。私もその時にご参考にできるような記事を書いていきたいと思います。

思い出の金魚胡同〔記事番号:hu05
投稿者:井上@打浦橋@上海さん 投稿日:2008年01月10日 投稿番号:43
はじめまして、上海に住む井上と申します。上海には、もう10年住んでいます。その前は北京に1年。大昔は天津の塘沽に3年住んでました。当時、日本料理屋は北京に3軒あるだけ。ということで、2ヶ月か3ヶ月に1回、北京に1泊して日本料理を食うのが楽しみでした。北京では、いつもレンタサイクルで、アッチャコッチャ行ってました。友誼商店の前が野ッパラで、そこに掘っ立て小屋があって自転車を貸していました。ホテルは、いつも金魚胡同の和平飯店でした。そう、当時は、金魚胡同も本物の胡同だったんです。王府井からの入り口には東来順と四聯という理容院があり、その対面には、どでかい掘っ立て小屋って感じの東安市場がありました。その狭い胡同を奥に行きますと、左に和平の入り口があり、それを超えてチョイ行った左に、洋食っぽいものを出す小さな食堂なんかもありました。王府井天主堂ですが、当時は、全く道からは影も形も見えなかったような・・・・。隠していたんでしょう。あんなに大っぴらに顔を出し始めたのは、まだ10年も経ってないでしょう。上海でもそうです、最近になって顔を出し始めた教会があります。北京は、今でも、年に1・2回行きます。行くと、最低でも2週間、長けりゃ2ヶ月くらいはいますね。北京に居る間は、胡同を歩き回っています。胡同には、面白い名が多いですね。豆腐池胡同とか・・・・・一番長い胡同とか、一番せまい胡同とか、一番短い胡同とか、そういうところを探して、巡り歩きたいもんです。

その他の見所〔記事番号:hu04
投稿者:AOさん 投稿日:2007年12月13日 投稿番号:42
白塔は境内からも近づけないのが残念ですね。本文には東側からまわるとよいとありますが、西側からは更に近づけるし古い街並みをバックに撮影ができます。阜成門内大街は、白塔寺の少し東に歴代帝王廟、その先に庶民の寺として親しまれている広済寺(入場無料)があります。また、二環路との交差点の西南角にある万通新世界商城は、超オススメ買物スポットです。何でも売っていて、北京一安いとの噂も・・・。

なつかしい!〔記事番号:hu03
投稿者:けんきちさん 投稿日:2007年10月29日 投稿番号:41
8月終わりに人民劇場の前の護国寺飯店に泊まって毎日そのあたりをひとりでふらふら散歩してました。私は言葉も片言ぐらいしかできないので意思疎通には苦労しましたが結構親切なヒトもいて、楽しめました。あまりに暑いのでホテル向かいの床屋に散髪に行き、言葉通じず、絵を描いて「角刈りはイヤ」と伝えたつもりがあっというまに見事に角刈りにされちまいました。

ありがとうございます
投稿者:hideyoさん 投稿日:2007年09月05日 投稿番号:30
AOさん、最近エクスプロアのサイトが重くてここまでたどり着けませんでした(汗)。補足情報ありがとうございます。鼓をつくる街があったというのは聞いたことがあります。また遊びに来てください。

南鑼鼓巷のちょっとした歴史など〔記事番号:hu01
投稿者:AOさん 投稿日:2007年08月09日 投稿番号:29
ブログをいつも楽しく拝見しています。南鑼鼓巷について私の知るところをお伝えします(ご存知でしたら悪しからず)。胡同名は通りの名称であるとともに街(地区)の名称でもあります。地区としての南鑼鼓巷は、東は交道口南大街、西は地安門外大街、北は鼓楼東大街、南は地安門東大街に囲まれたおよそ1km四方を言います。元代の北京城は明・清のそれよりやや北西にあり、南鑼鼓巷あたりは都の中心地として栄えていました。大量の荷物運搬に利用された通恵河の船着場が近かったからだといいます。ただ、この地区にある胡同名は元代のものは残っておらず、すべて明代以降に改称されたものだそうで、南鑼鼓巷の名は乾隆15年(1750)に作製された「京城全図」に羅鍋巷を南鑼鼓巷に改めたとされています。その南鑼鼓巷の名称の由来は知りませんが、鼓楼がすぐ近くにありますので、あるいはそのための銅鑼や鼓を作る職人などがいたのかもしれません。以上、もし何かの参考にでもなれば幸いです。次回以降も期待しています。

《全 8 件》1 件~ 8 件

北京のホテル予約



エクスプロア北京TOP 】【 北京の観光

Copyright since 1998 Shanghai Explorer