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第1回 南鑼鼓巷周辺 -カフェとお屋敷


 700年の歴史がある南鑼鼓巷には、この数年おしゃれなレストランやショップが次々とオープンし、道が整備され、華やかな姿に変わりつつあります。初心者には歩きやすい胡同ですが、生活の匂いが少なく、物足りなさを感じるかもしれません。でも南鑼鼓巷から東西に伸びる胡同には立派な四合院も多く、寄り道をしながら何度でも訪れたい胡同です。

 北京の地図を広げると南北の通りの多くは大通りで、胡同の多くは東西の通りにあります。鼓楼東大街から今の北2環路である安定門西大街まで南北に一直線に通っている南鑼鼓巷から北鑼鼓巷は、昔は重要な街道で、商店や工房が多くあったのかもしれません。

 東西の胡同の路沿いには四合院が建てられました。四合院は東西南北に「口」の字型に独立した建物が配置されています。北側に配置された居間や家長の住居である正房は、日当たりの良い南向きになります。四合院の中庭には木が植えられているところもあり、非常に静かな空間です。

 南鑼鼓巷には大きな四合院はほとんどありませんが、その周辺の胡同には清時代後期の高級官僚の住居だった、保護指定を受けている四合院が多くあり、他の地区と比べて「高級住宅地」であることがよくわかります。民国以後は画家の斎白石などの文化人も住んでおり、他の胡同にはない格式を感じることができます。

 最近、南鑼鼓巷の北側、南側の両端に青い標識ができ、わかりやすくなりました。

 


 まずは南側の地安門東大街側から入って行きましょう。生活感のある商店の中にもセンスのいい小物のショップやレストランがぽつぽつと見えてきます。

 手始めに板厂胡同に入ってみましょう。この胡同には大宅門のある立派な四合院が並んでいます。修復して、鮮やかな紅色がまぶしい門、また色落ちた門、門の数々を見ていても飽きません。また門の前の両側にある様々な枕石を見ていてもいろんな種類があることがよくわかります。

 また南鑼鼓巷へ戻ります。

 東綿花胡同と南鑼鼓巷の角には、コン・リーやチャン・ツィーを輩出した中央戯劇学院があります。そのせいもあり、南鑼鼓巷はアートの香りのする、京都の学生街のような雰囲気もあります。当然ここの学生さんも多くこの辺りを歩いていて、スラッとした顔の小さい、きれいな女性をよく見かけます。

 


 カフェやレストランがたくさんある中で私のイチオシは新疆料理の回味斎。中は庶民的な食堂といったところで、西域ムードたっぷり顔の大柄なマスターが「コニチハ!」と出迎えてくれます。定番の羊肉串は一本1元。小さめですが、油がジュージューのっています。一本で益々食欲が掻き立てられ、数本は注文したいところ。食べながら歩くこともOK!

 ピリ辛スパイスがかかったナンはビールとぴったり!しかしなんといってもおいしいのが羊羯子。肉が付いた羊の背骨をあっさり胡椒味のスープと野菜で煮込んだ鍋料理。大きな背骨に付いた肉はこそげるとホロホロ落ちて、肉もスープもとても美味しい!ぜひお試しあれ。3人でビールを飲んでお腹いっぱい食べても50元しません。


 帽儿胡同も閑静な住宅街の落ちついた雰囲気があります。ラスト・エンペラーで有名な溥儀の正室、婉容の実家がこの帽儿胡同35号、37号にあります。ひっそりと「旧宅園」とだけ書かれているこの四合院の前では、自転車修理のおじさんが陣取っていました。彼女の父は内務府大臣だったので、中は大きな邸宅であることがうかがえますが、彼女の運命を語っているかのように、外から見ているだけで物悲しい気分になってしまいました。参観不可。

 南鑼鼓巷にはたくさんカフェがあるので、ちょっと入ってみましょう。帽儿胡同と南鑼鼓巷の角にあるSunglass Coffeeは、風鈴や盆栽のある通り庭を抜けて入ります。古い建物の内装を生かしていて、レトロな雰囲気があります。物静かな兄弟マスターは少し日本語を話してくれます。窓の外を行き交う人々や立ち話している人を眺めたり、静かに読書したりと、ゆっくりした時間を提供してくれる嬉しいひとときです。

 ブティックや小物を扱うショップもたくさんあり、夜遅くまで開いています。


 残念ながら南鑼鼓巷付近の保護単位の四合院はほとんど公開されていません。それでもやはり四合院の中を見てみたい方は、后圓恩寺胡同13号の茅盾故居へ。20世紀前半に活躍した茅盾という作家の住居だった四合院を博物館として公開しています(5元)。四合院は展示用に改装してありますが、客間はそのままの状態で展示しています。天気の良い日は中庭で日向ぼっこもOK。更に前鼓楼苑胡同に入ってすぐ左手にある簡素な緑色の門の家は20元で中を見せてくれます。この辺りの胡同ツアーがよく利用しているので、人力車が止まっているのが目印。

  

 最後に南鑼鼓巷のトイレは改修され、個室のものがほとんどです。安心してお出かけください。

(林 秀代 2007年6月記)

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南鑼鼓巷のちょっとした歴史など〔記事番号:hu01
投稿者:AOさん 投稿日:2007年08月09日 投稿番号:29
ブログをいつも楽しく拝見しています。南鑼鼓巷について私の知るところをお伝えします(ご存知でしたら悪しからず)。胡同名は通りの名称であるとともに街(地区)の名称でもあります。地区としての南鑼鼓巷は、東は交道口南大街、西は地安門外大街、北は鼓楼東大街、南は地安門東大街に囲まれたおよそ1km四方を言います。元代の北京城は明・清のそれよりやや北西にあり、南鑼鼓巷あたりは都の中心地として栄えていました。大量の荷物運搬に利用された通恵河の船着場が近かったからだといいます。ただ、この地区にある胡同名は元代のものは残っておらず、すべて明代以降に改称されたものだそうで、南鑼鼓巷の名は乾隆15年(1750)に作製された「京城全図」に羅鍋巷を南鑼鼓巷に改めたとされています。その南鑼鼓巷の名称の由来は知りませんが、鼓楼がすぐ近くにありますので、あるいはそのための銅鑼や鼓を作る職人などがいたのかもしれません。以上、もし何かの参考にでもなれば幸いです。次回以降も期待しています。

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