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■■第2回 幼稚園入園 ― サマースクール■■
北京に着いた翌日がサマースクールの初日だったので、息子はさっそく幼稚園に通い始めました。荷出しなどで慌しい日々を送っており、疲れているかと思いましたが、本人は行く気満々です。サマースクールで必要なものはメールで連絡をもらっていたので、子どものスーツケースに入れて持って来ました。
上履き帽子ハンドタオル水泳セットサンダルサングラス日焼け止め
日本の幼稚園の入園準備とは比べ物にならないほどシンプルです。サングラスと日焼け止めというのは、インターらしいところです。
サマースクールでは基本的にお勉強はありません。お絵かきやパズル、テニス、サッカー、水遊びや水泳クラス、さらに遠足まで、遊びが中心のプログラムが朝9時から3時まであります。幼稚園に慣らすには打ってつけの期間です。スナックもランチも幼稚園で出してくれます。
幼稚園は家の近所なので、私が朝夕送り迎えをしました。歩いて通えない家の子ども達はスクールバスで通います。少々手間がかかっても初めの間、幼稚園の送り迎えを親がすることは、非常に有意義です。その日のプログラムや子どもの様子を先生から確認することができますし、先生も親から家庭の様子も聞き取れます。更にクラスメートやその親とも知り合いになれます。日本の保育園ではうちは親の送り迎えだったので、親と一緒に通園することは、子どもにとって安心だったと思います。
息子と少し緊張しながら教室に入ると、5月に見学に行った時、子どもが釘付けになった先生が担任でホッとしました。同じクラスの子供たちはだいたいその6月に卒園したばかりなので、実際には1学年上です。同じ公寓の日本人の男の子たちが数人クラスにいました。
息子は初め照れくさそうでしたが、日本人がクラスにいたこともあり、すぐにリラックスして遊んでいたそうです。最初の日に子どもにどうだったか聞くと、「とっても楽しかった!」と言いました。やはり言葉が通じるかは、彼にとって二の次のようです。
ある日お迎えの時に私が見たものは・・・先生も子どもも頭からびしょびしょ!中庭でWater Partyをしていて、水鉄砲やバケツで水をブンブンかけ合っています。この幼稚園にはもう一人男性の先生がおり、息子の担任の先生と二人揃えば実にパワフルです。でも子どもはゴキゲン!ケラケラッ笑ってはしゃいでいました。真夏ですし、タオルと着替えを1セット用意しておけばOK。日本では考えられないスケールの遊びにただただ驚くばかりです。でも初めから生き生きと楽しそうな息子の姿を見られたのは嬉しいことでした。
毎日このような様子で遊んでおり、先生が子どもの気持ちをガッチリつかんでいるので、たとえ英語が話せなくても、幼稚園に行くのを嫌がりませんでした。先生をアニキのように思っているようでした。元々息子は新しいもの好きでpositive thinkingです。物事の取りかかりは良く、少し経ってから厳しい現実に気がつき、ガクンと来ることがあります。大抵のお子さんは、初めは登園を嫌がることが多いらしく、ご近所の方は息子がとまどいや嫌がることなく、楽しそうに通っていることに驚いていました。
唯一嫌がったのは水泳のクラスでした。これは放課後に希望者だけ参加するものです。水泳クラスのプールは大人用のプールを底上げしているものの、深さ1m以上あり息子には怖かったようでした。息子にはめずらしく、初めは水に入るのも嫌がって泣いていたので、私も見ていました。先生が少しずつ水に慣らしてくださり、1ヶ月のプログラムが終わる頃には怖がらずに浮きを付けて泳げるようになりました。そしてその夏の終わりには公寓の大人用のプールでも泳げるようになりました。
この時期は、息子はもちろん「Yes」,「No」程度しか話せません。先生の話す英語は方言や訛りのないアメリカ英語です。普段私と話すときは早口に話しますが、子ども達にはさすがに多少ゆっくり話します。息子のクラスでは日本人のクラスメートが多かったので、必死で自分の意志を伝えることもなかったようです。この時期は「聞く」ことに重点が置かれる時期でもあるので、この1ヶ月で先生がよく言う指示はかなりわかってきました。
まだ船便も着かないので、おもちゃも絵本もほとんど無いので、息子が引越しによるストレスを感じてないかが気がかりでしたが、心配する必要はありませんでした。幸い夏だったので公寓のプールに入ったり、夕方から外で遊んだりして身体を十分動かすことができたのは、よかったと思います。
結局休むことなく1ヶ月のサマースクールを楽しく終えることができました。あとは9月の新学年を待つばかりです。
(林 秀代 2007年4月記)
エクスプロア連載「オリンピックを迎える北京」
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